SAHO TERAO / 寺尾紗穂

寺尾紗穂オフィシャルウェブサイト

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エッセイ集「彗星の孤独」(スタンドブックス)を出版

「遠くて遠い」父、娘たちのぬくもり、もう会えない人と風景。日常を、世界を、愛おしく、 時には怒りにも似た決意を持って綴る。唯一無二の音楽家・文章家による待望のエッセイ集。


丁寧に書くことは、丁寧に生きること。ー いとうせいこう

親との関係、恋愛、恋愛以外の人間関係、出産、子育て。女が生きる、ということはそれだけで事故であり、病のようなものでもある。そしてまた、詩のように雄弁なものであるのだと思った。ー 鈴木涼美

●スタンドブックス

冬にわかれて 1stアルバムをリリース

寺尾紗穂、あだち麗三郎、伊賀航によるトリオバンド「冬にわかれて」が
10月17日1stアルバム「なんにもいらない」を発表する。

デビュー7インチシングル収録曲「耳をすまして」「優しさの毛布でわたしは眠る」
や表題曲のほか、伊賀がギター、あだちがベースを担当する「白い丘」、
フルート奏者の池田若菜がゲストとして参加する「冬にわかれて」など計10曲が収録される。

01. 君の街
02. 耳をすまして
03. 白い丘
04. おかしなラストプレイ
05. 冬にわかれて
06. 月夜の晩に
07. 甘露日
08. なんにもいらない
09. 優しさの毛布でわたしは眠る
10. 君が誰でも

11月30日に東京・STAR PINE'S CAFEでライブを開催予定。

「音楽のまわり」を企画、出版

「音楽のまわり」
知ってる人のことを知ってるようで私たちは全然知らない。
音楽をやってる人も日々音楽とは関係のないいろんなものを見つめ、
いろんなことを思ってるはず。

「音楽以外のことを音楽家に書いてもらう」ことで、
その素顔や新たな一面、その人から広がる世界を感じることで
人間て面白いな、世界って広いな、と再確認するためのエッセイ集です。

執筆陣


あだち麗三郎
伊賀航
植野隆司
エマーソン北村
寺尾紗穂
浜田真理子
マヒトゥ・ザ・ピーポー
ユザーン
折坂悠太
知久寿焼

挿絵:小林エリカ
編集:寺尾紗穂、谷口愛
デザイン:山野英之


●取扱店一覧
岩手 花巻BOOKNERD
福島 郡山Go Go Round This World!Books&Cafe
茨城 つくば people bookstore
東京 荻窪 Title/ 代官山蔦屋/ 武蔵小山ペットサウンズレコード / 千駄木 古書ほうろう/ 中野タコシェ/ 下北沢B &B /新宿IRREGULAR RHYTHM ASYLUM/ 高円寺ameltron
長野 伊那 赤石商店/ 松本 栞日/ 上田 NABO
石川 金沢 オヨヨ書林せせらぎ通り店
富山 射水 ひらすま書房
愛知 名古屋 ON READING
三重 伊勢 水色レコード
大阪 東住吉 LVDB BOOKS/ 豊中 Black bird books
京都 恵文社一乗寺店 / 左京区 ホホホ座
兵庫 加古川チャッツワース/宝塚casimasi
滋賀 彦根 半月舎/東近江 六月の水曜日
奈良 大和郡山 とほん
島根 松江 artos book store
鳥取 東伯 汽水空港
広島中区 readan deat / 尾道 紙片
香川 高松 ルヌガンガ
愛媛 今治 うお駒/ 松山 Utacodrip /松山 蛙軒
福岡 唐人町 とらきつね

計36店舗
その他一部アーティストのライブ会場でも
購入できますので各アーティストにお問い合わせください。

「あのころのパラオを探して」(集英社)を出版

「すばる」誌での連載に追加取材、加筆をして出版しました。
8月15日TBSラジオの荻上チキさんの「Session22」に出演させていただいたほか
8月23日Tokyo FM「TIMELINE」で明治大学政治経済学准教授の飯田泰之さんに
学術的かつ読みやすいエッセイとしてご紹介いただきました。

出版にあたって立命館大学の社会学教授の岸正彦さんが書評を書いてくださっています。

寺尾紗穂『あのころのパラオをさがして』書評    評者 岸政彦


 一度だけ、寺尾紗穂と会ったことがある。そこにいるのにいないような、不思議な透明感のあるひとで、こちらの言葉がすべて吸い込まれる乾いた砂のような耳を持っていると思った。それに比べて自分は、体も声も大きくなにもかもがさつで、とても恥ずかしく感じたことを覚えている。

 その少し前、寺尾紗穂という存在を知ったときに、ミュージシャンとしての寺尾紗穂と、ノンフィクション作家としての寺尾紗穂が、どうしても頭のなかで結びつかなかった。彼女のピアノと歌はとても美しく、私の記憶のなかでその儚い佇まいや所作と結びついて、音楽家としてのひとつの像を形成したが、しかしその同じひとが、原発労働者や植民地時代の南洋諸島を取材して本を書いているとは、にわかに信じ難かった。ジャンルを超えて表現をするひと、というものはたくさんいて、しかし大抵は、その表現のあいだには何か一定のまとまりや共通性があるものだが、彼女の場合はかけ離れている。そして、そのかけ離れ方が、私にとってはとても痛快だった。何でも自由に、好きなことを表現してよい。私は寺尾紗穂から、そのことを教えてもらった。

 何かに出会ったら、徹底的に付き合う。ものでも場所でもひとでも、はじめから区別しない。たとえばもし彼女が猫好きなら、路上で目があった子猫をついつい拾って、そして最後まで育てるような、そういうひとなのではないか。一度しかお会いしたことがないが、そう思う。

 寺尾は、中島敦の本をかばんのなか入れ、サイパンを訪れた前作(『南洋と私』)に引き続き、パラオを訪れる。私たち読者は、筆者とともに、照りつける白い日差しのなかを歩く。熱帯の濃い緑の葉が風にそよぐ音、派手な色をした見たこともない鳥たちが歌う声が、確かに聞こえてくる。寺尾の耳はすべての音を吸収し、目はすべての色を焼きつける。私たちは寺尾の目や耳となって、太平洋の青い海を眺める。

 私たちの表現は、たとえば音楽なら個人的で親密な領域へと縛り付けられる。あるいは、たとえば社会や政治を論じるときは、巨大で荘厳な物語に取り憑かれる。しかし本書では、私たちは、小さな虫の羽音、真昼に建物の庇の影に入ったときの、あの方向を失う感じ、市場で地元の買い物客がにぎやかにおしゃべりする声を味わいながら、同時にあの「戦争」というものがいったい何だったのか、そしてその戦争というものの上に築き上げられながら、まるでそんなものなかったかのような顔をしている私たちの社会がいったい何なのか、ということを、考えさせられることになる。寺尾は、小さなものと大きなものとを、区別しない。音楽と文学を区別しないのと、同じように。

 寺尾紗穂は、中島敦とともにパラオを歩いた。やがて近い将来、寺尾紗穂の本書とともにパラオを歩くものがいるだろう。そのようにして物語は引き継がれ、語り直されていく。そして歌もまた、歌い継がれていく。その真ん中に、寺尾紗穂が立っている。そこにいるのに、まるでいないような、そんな立ち方で。

北海道新聞にて連載開始

北海道新聞の読書欄にて、4月から隔月くらいのペースで読書にまつわるエッセイ「寺尾紗穂の 愛し、読書」を連載します。

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